1年半後、声のトーンが変わった日 ── A君の変容と、解消の先にあった問い【最終回】

着任から1年半。チームに、確かな変化が訪れた。

目次

リモートワークという壁

少し前の話を補足しておきたい。

この現場はコロナ禍の延長で、リモートワークがメインだった。カメラはオフが基本。声と、画面に映し出される資料だけで仕事をする日々だ。

相手の表情が見えない。感情が読みにくい。言葉が届いているのかどうか、わからないことも多かった。

着任当初の日次共有会は、暗かった。発言していない人の気が散っているのが声越しに伝わってくる。会話の当事者以外は、別のことをしているのではないかと感じる瞬間もあった。

それが変わった。

声のトーンが変わった日

着任から1年半が経つころ、日次共有会の空気が別物になっていた。

声のトーンが、明らかに違う。明るい。カメラには映らないけれど、画面の向こうで笑っているのが伝わってくる。そういう場になっていた。

私だけが感じているのではなかった。チームのみんなが同じように感じていることが、言葉の端々から伝わってきた。

週に1回は現場に出勤してチームメンバーと顔を合わせる機会も増えてきた。リモートで作業しているときも、自然にお互いを気にかける言葉が出てくるようになっていた。

「立て直せた」と実感した瞬間を一つ挙げろと言われれば、私はこの声のトーンの変化を挙げる。

定例作業は、チームで回るようになった

日次共有会の変化と並行して、定例作業にも目に見える変化が出ていた。

A君以外のメンバーが、定例作業を回せるようになっていた。自動化も進んだ。「A君がいなければ止まる」だった作業が、「チームで回る作業」に変わっていた。

着任初日にマネージャーとPMに約束した2つのGOAL——「見えるようにする」「他メンバーでも対応できるようにする」——が、形になった。

でも、A君には疎外感があった

ここからが、このシリーズで一番正直に書きたい部分だ。

属人化が解消されたことで、A君に疎外感が生まれた

「自分がいなくても、仕事が回る」

その事実は、組織にとっては前進だ。でもA君にとっては、自分の存在意義が揺らぐ感覚だったと思う。

考えてみれば、当然のことだ。

「なくてはならない存在になること」——これは、すべての技術者が本能的に目指すものだ。深い専門知識を持つこと、お客様から頼られること、自分にしかできない仕事があること。それがモチベーションになり、キャリアを支える誇りになる。

A君がそれを目指して、誰よりも真剣に仕事に向き合ってきたことは間違いない。

だからこそ、「自分がいなくても回る」状況は、A君の心にとって単純に喜べるものではなかった。その疎外感を、私は否定できなかった。むしろ、その感覚を持つこと自体は、正しいことだと思っていた。

リーダーの仕事は終わらない

では、どうするか。

A君の疎外感を「気のせいだ」と否定することは、リーダーとしてやってはいけないことだと思った。かといって、属人化を元に戻すわけにもいかない。

答えは一つだった。A君に、次のステージを示すことだ。

たとえば、チームをまとめるリーダーとして成長すること。自分が培った知識と経験を、後進を育てることに使うこと。あるいは、他のチームで同じように属人化に悩む現場に飛び込み、今度は自分が解消する側に回ること——。

「なくてはならない存在になること」の舞台を、次のステージへ移す。それがA君の疎外感に向き合う、唯一の誠実な答えだと私は思っていた。

ただ、正直に言えば、それを十分にやりきれたとは言えない。任期の2年という制約の中で、できたことには限界があった。リーダーの仕事は、終わらない。チームが良くなっても、一人ひとりの次のステージを考え続けることをやめてはいけない——この仕事はそれを教えてくれた。

属人化は、その人の問題ではない

このシリーズを通じて、私が一番伝えたかったことを最後に書く。

属人化は、100%悪ではない。

特定の誰かが深い知識と経験を持つこと自体は、組織にとってむしろ資産だ。問題はその知識が「その人だけのもの」になってしまうことであり、それは個人の意志や性格の問題ではない。

引き継ぎの設計がなかった。共有する文化がなかった。チームで育てる仕組みがなかった。それが積み重なった結果が、属人化だ。

誰かを責めても、何も変わらない。仕組みを変えるしかない。

そして、仕組みを変えた先にも、また新たな問いが生まれる。それと向き合い続けることが、リーダーという仕事の本質なのかもしれない。

人に恵まれた仕事だった

最後に、感謝を書かせてほしい。

この立て直しは、私一人の力でできたことではない。

本気でぶつかってくれた他のメンバー。A君の変容。戦友のように支えてくれたBリーダー。叱りながらも理解してくれた部長とPM。

すべての人のめぐりあわせがあって、はじめてこの結果があった。

偶然ではないにしても、人に恵まれてよかったと思える仕事だった。


「いないと困る、いても困る」── ある属人化の現場で私が見たもの、全5回。お読みいただきありがとうございました。

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この記事を書いた人

SAPコンサルタントとして35年以上、数多くの現場を歩き続けてきました。
プロジェクトの裏側、現場で学んだこと、失敗と気づきをここに綴ります。
投資・旅行・フルマラソン。まだまだ現役で走り続けています。

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