数十年前に、ある先輩から言われた言葉を、今でも時折思い出す。言葉だけではない。その話をしてもらった場面の映像まで、はっきりと頭に浮かぶ。缶コーヒーの感触も、外の空気も。あれは、私がIT業界に入って1、2年目のことだった。
設計書の前で、さまよっていた新人時代
当時の私は、メインフレームのプログラム詳細設計書を、書き出せずにいた。正確には、書き始めてはみたものの、何をどう書けばいいのか分からず、さまよっていたのだと思う。
渡された仕様書や要件書を読んでも、そこで求められている仕様を、自分の頭でうまく読み解けない。手は止まり、気持ちばかりが焦る。新人なら誰もが通る道なのだろうが、その渦中にいる本人にとっては、ただただ余裕のない毎日だった。
缶コーヒーと、腕時計の長針
そんな様子を見かねたのか、ある先輩が私を建屋の外へ、休憩に連れ出してくれた。缶コーヒーを片手に、しばらく他愛もない時間を過ごしていたと思う。
すると先輩は、唐突に自分の腕時計を指さして、こう聞いてきた。
「この長針を見て、何か思いつくことはありますか?」「なんでも良いので、思いつくことを言ってください」
丁寧な口調だった。私をからかったり、馬鹿にしたりする表情も言葉も、そこにはなかった。今思えば、先輩は先輩なりに、何かを伝えようとしてくれていたのだ。
「時計です」と、私は答えた
ところが、当時の私には、その問いを受け止めるだけの余裕がなかった。仕事がうまく進まず、仕様も読み解けずに悩んでいたものだから、先輩のなにげない質問を、どこかでからかわれているように感じてしまった。
だから私は、「時計です」とか「特に何も思いつきません」と、ぶっきらぼうに答えたのを覚えている。問いの意図をくみ取ろうともせず、心を閉じていた。
先輩は、なだめるようにか、少しため息をつきながら、こんなことを言った。正確な言葉までは再現できないが、要点は外していないと思う。
「我々の仕事は、言語化されていないものを言葉にすること」
とくに君を責めるつもりも、馬鹿にするつもりもないよ。今は余裕がなくて言語化できないと思うけど、我々の仕事は、言語化されていないものを——つまりお客様のやりたいことやニーズを、言葉にしてアウトプットすることなんだよ。
腕時計の長針という、ありふれた一つのものを前にして、そこから何を読み取り、どう言葉にできるか。先輩はおそらく、その「言語化の訓練」を、遠回しに私にやらせようとしていたのだと思う。仕様書が読み解けないのも、設計書が書けないのも、根っこは同じ。目の前にあるものを、自分の言葉でとらえ直す力が、まだ育っていなかったということだ。
けれど、その場の私は、真意をくみ取れなかった。ふてくされたまま、コーヒーを飲み干した。
数十年かけて、肉付けされてきた言葉
不思議なもので、その場では分からなかったのに、「これは忘れてはいけないことを言われた」という引っかかりだけは、ずっと心に残った。
以来、事あるごとに、あの腕時計の場面が頭を横切る。設計書を書くとき、お客様の要望をヒアリングするとき、若手の悩みを聞くとき。そのたびに、先輩の言葉が少しずつ肉付けされ、解釈が変わっていった。あのとき一つの問いとして置かれた言葉は、数十年かけて、私の中でゆっくりと育ってきた。
一つのものごとを、いろんな角度から見て、どれだけの情報を読み取れるか。そして、それをどれだけ言葉にして、相手に届けられるか。それは設計書の話であり、お客様対応の話であり、結局はこの仕事そのものの話だった。
今、若い人に伝えていること
若い人と仕事をするとき、私は先輩の言葉を、そのまま同じように伝えることはしない。腕時計を指さして問いかける、という同じやり方をするわけでもない。
ただ、エッセンスは、折にふれて渡すようにしている。一つのものごと——あのときの「腕時計の長針」が、今は「お客様の困りごと」に変わっただけだ——を多面的にとらえて、自分なりの解釈で、たくさんの情報を引き出し、発信し、解決につなげていく。その力を、少しずつでも育てていってほしい。そんな思いを、自分の言葉に混ぜて伝えている。
AIの時代に、なお残る仕事
この言葉は、AIが当たり前になった今こそ、重みを増しているように感じる。
お客様自身も、自分が本当に何をしたいのか、はっきり言葉にできていないことが多い。その、まだ言葉になっていないものを聞き取り、とらえ直し、言葉にしてアウトプットする——これはAIに丸ごと任せられる仕事ではない。以前、AIを使う側の付加価値はどこにあるのかという記事で書いたことも、結局はここに行き着く。
そして、読み取ったものを「分かりやすく伝える」ところまでが、この仕事だ。以前、ピザ屋の例えでSAPを語った人の話を書いたが、あの「伝える力」も、先輩が言った言語化の延長線上にあるのだと思う。観察して、言葉にして、相手に届ける。新人の私には響かなかったその一連の営みこそが、何十年経っても、この仕事の核心であり続けている。
これからも、大事にしたい言葉
あの日、建屋の外で腕時計を指さした先輩は、今ごろどうしているだろう。ふてくされた新人だった私は、お礼の一つも言えないままだった。けれど、あのとき置いていってくれた問いは、確かに私の中で育ち、今度は私から、次の世代へと手渡そうとしている。
これからも、先輩から教わったあの言葉を、大事にしていきたいと思っている。
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