すごい人には、なれない——かもしれない。でも、すごい人にならって努力することは、できそうだ。ずっと、そう感じて行動してきた。うまく言葉にできていなかったのだが、最近になって、自分のなかにあったこの感覚が、はっきりと形になってきた気がする。
今日は、その話を書いてみたい。私がこれまでの仕事人生で出会ってきた、「すごい人」たちのことだ。
私の言う「すごい人」とは
はじめに、言葉の整理を。人によっては、「自分にないものを持っている人」「驚かされる人」「感心する人」「尊敬できる人」——いろんな言い方があると思う。私は、それらをぜんぶひっくるめて「すごい人」と感じているので、ここではそう呼ばせてもらう。
肩書きや実績がすごい、という話ではない。日々一緒に仕事をするなかで、「この人には、かなわないな」と素直に思わされる。そういう人のことだ。
私が出会ってきた「すごい人」たち
ひとり一人にスポットを当てて語るのは、おいおいやっていきたい。まずは、私が「すごい」と感じてきた人たちのラインナップを、挙げてみる。
- 会議の会話を、すべて記憶している人。メモを取る人はいても、それをすぐに、しかも正確に思い出せる人は、なかなかいない
- パンチ(タイピング)が、やたらと速い人。頭の中のものが、そのままの速さで画面に出てくる
- 読書量が、半端ない人。引き出しの数が、そもそも違う
- 感受性が高い人。ひとつの事象から、たくさんの学びを得られる。以前書いた腕時計の長針の話に通じる人とも言える
- 滑舌がよく、会話が心地よい人。話を聞いているだけで、すっと頭に入ってくる
- 無口だが、生産性が高い人。多くを語らないのに、仕事に無駄がなく、ムラがない
- 笑顔が素敵な人。それだけで好感が持て、不思議と印象に残る
- とっつきにくくて、少し苦手に感じることもあるが、現場には必ず必要な人。言いにくいことを、ズバズバ言ってくれる。その人がいる(会議に参加してくれる)だけで、場がぴりっと引き締まる
- 規則正しく、徹底してルーチン化・習慣化できる人。当たり前のことを、当たり前に続けられる強さがある
こうして並べてみると、「すごさ」にもいろんな種類があるのが分かる。派手な才能もあれば、地味だが決定的な強みもある。どれも、私には簡単には真似できないものばかりだ。
なれなくても、ならうことはできる
正直に言うと、私はこの人たちのようには、なれない。記憶力も、パンチの速さも、あの感受性も、持って生まれたものや、積み重ねの差がある。そう簡単に追いつけるものではない。
でも、と思う。すごい人そのものにはなれなくても、その人の「やり方」や「姿勢」を、少しだけ自分に取り入れることはできる。会議のあと、忘れないうちにメモを見返す。一つの出来事から、何を学べるか立ち止まって考える。言いにくいことから逃げない。ひとつでいい、ひとつでも盗ませてもらえれば、自分は昨日より少し前に進める。
「あの人みたいにはなれない」で止まってしまうと、そこで終わる。けれど「あの人にならって、ここだけは真似してみよう」と思えば、すごい人との出会いは、そのまま自分の伸びしろになる。私がこれまで、なんとかやってこられたのは、まわりにいてくれた「すごい人」たちのおかげだと、今は思っている。
このラインナップのひとり一人については、また回をあらためて、じっくり書いていきたい。
みなさんのまわりにも、きっと「すごい人」がいるはずだ。その人の、どこを「ならって」みたいですか。同じような現場に立つ方の、何かのヒントになれば嬉しい。記事へのご感想やご意見があれば、お問い合わせフォームからお寄せいただけると励みになる。
(このカテゴリでは、SAPの現場で出会った人や、働き方・人を育てることについての実体験をお届けしています。)

コメント