『手で書く』ということの大切さを、今でも感じている。パソコンに向かい、やがてはAIに文章まで任せられる時代に、何を古くさいことを、と思われるかもしれない。それでも、手を動かして書くことには、ほかに代えがたい何かがあると思っている。今日は、その話を書いてみたい。
PCが1人1台もなかった、新人の頃
私がIT業界に入りたての頃は、ITの仕事と言いながら、パソコンが1人1台も割り当たっていなかった。いろんなドキュメントは、手書きが主流。プログラムの設計書も、もちろん手書きだった。
フローチャートを書くときは、ファイルや手続き、テーブルといった記号が、その形にかたどられた定規——当時は「テンプレート」と呼んでいた——を使って描いた。そうすることで、誰が書いても標準的な形や大きさが保たれる。プラスチックの薄い板に、いろんな図形の穴が開いていて、それをなぞって書くのだ。
「字消し版」という、小さな道具
手書きだから、当然、間違える。シャープペンシルで書いては、消しゴムで消す。それを繰り返すうちに用紙が汚れたり、消したいところの上の段に書いた文字まで、誤って消してしまうこともあった。
それを防ぐために使っていたのが、「字消し版(じけしばん)」だ。今ではめっきり見かけなくなったが、どこかにまだありそうな道具でもある。名刺くらいの大きさの薄い鉄板に、いろんな形の穴が開いている。その穴を、消したい文字の上だけにうまく当てて、ほかの文字や図形に影響しないように消しゴムをかける。そういう、地味だが確かな工夫の道具だった。
プログラムのコーディングも同じだ。「コーディングシート」という専用紙(A4横だったと記憶している)に、設計書と同じように手書きで書き切っていた。
3人に1台の「ダム端末」
さすがに、手書きのコーディングシートを自動で読み取ってくれるOCRのような機材は、まだなかった。書き上げたら、「ダム端末」と呼ばれる、ブラウン管のモニターとキーボードしかついていないようなマシンに向かって、ひたすら打ち込む(パンチ作業)。それをコンパイル——マシン語に翻訳する作業——にかけ、ホストマシンで実行できるようにしていた。
そのダム端末も、1人1台はなかった。3人に1台ほどの割合で、端末の横には利用台帳が置かれていた。使いたい時間を、そこに手書きで書き込んで予約する。しかも、連続利用は1時間まで、といったルールもあったように思う(お客様や現場によって、ルールは微妙に違った)。
不便だからこそ、工夫が生まれた
こう書くと、「そんな劣悪な環境で仕事なんてできない」と感じる人もいるかもしれない。当時はそれが当たり前で、今から思えば確かに不便な環境だった。だが、不便だったからこそ、常に工夫することを考えていたとも思う。
とくに象徴的なのが、端末との向き合い方だ。今でこそ、PCに向かってキーボードに手を置くこと自体が「考えている時間」になりがちだ。だが当時、端末の前で手を止めて考え込むのは、ご法度だった。3人で1台を分け合っているのだから、当然だ。ダム端末に向かったら、手が止まることなく、ひたすら打ち込む。考えることは、机の上だけでやる。そういう仕事の仕方になっていた。
そうすることで、頭を動かすタイミング——つまり、自分が集中すべき場所が、はっきり決まっていた。机上で考え抜き、端末では打ち込みに徹する。役割が分かれていたのだ。
今も、私は一度「紙」に戻る
今のやり方がダメだとは思わない。PCの前で考えながら書ける自由には、大きな価値がある。
それでも、ときおりPCに向かって考え込んでいると、当時、後ろから先輩やリーダーがにらみを利かせていたことをふと思い出して、手を止める。そして一度PCを離れ、机の上で紙に向かう。PCでやりたいこと、書きたいことを、いったん紙に整理して書き出してから、あらためてPCに向かい直す。そんなことが、今でもある。
これは、以前書いた言語化の話とも、どこかでつながっている気がする。頭の中のまだ言葉になっていないものを、手を動かして紙の上に出す。それが、考えを整理する一番の近道だったりする。
手で書いた文字は、自分にしか出せない
もちろん、PCで打ち込んだほうがいい場面は多い。それは否定しない。だが、手書きには手書きのよさがある。
一番感じるのは、手で書いた文字は、自分にしか出せないアウトプットだということだ。PCで打ち込んだ文字は、他の人が同じ言葉を打てば、誰がやっても同じものになる。けれど手で書くと、そこにオリジナリティが増す。そして、頭の使われ方そのものも、PCで打つときとは違うと感じる。
PCを使った仕事に疲れたり、行き詰まったりしたときは、一度、手で書く。手で考えてみる。そうやってリフレッシュしてみるのは、いかがだろうか。古い時代の道具の話のようでいて、案外、今の私たちにも効く工夫だと思っている。
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